徳川吉宗の時代に高麗人参の栽培が始まりました
徳川家康は高麗人参を常に携帯し常用していたと言います。戦国時代の武将達は現代以上に健康維持に格別の注意を払っていたのかもしれません。
家康のころから日本において、高麗人参の栽培の努力がされましたが、高麗人参の種子の発芽の難しさが道を険しいものにしました。高麗人参の種は未成熟の状態では播いただけでは芽が出ません。催芽処理を行って胚の成熟を促すことで発芽率が高まります。
八代将軍吉宗の頃に、高麗人参の栽培を積極的に推し進め、享保14年(1729年)に日本での高麗人参栽培が成功しました。栽培が可能になると幕府は高麗人参の栽培方法を公開し、高麗人参の栽培を奨励しました。江戸時代後半には野州、松江、会津などが高麗人参栽培の中心地となりました。